2016年5月17日火曜日

誕生日

13日は夫、15日は息子の誕生日。
去年は大々的にサプライズをしたが
今年は無し。

ではかわいそうなので、
夫の誕生日だった金曜日
一応ケーキを作った。
当日最終の大人のクラスの2人も交えて
極小サプライズをしようと
計画した。クラスの人には
あらかじめ話はしていなかったのだが。

が、夕方ごろクラスの一人が
急にお休みすることが決まり
クラスの始まる時間になっても
もう一人が現れず、ラインをチェックすると
一人では悪いのでお休みするとのこと。

まあ、誕生日のことを
話しておかなかったので
しかたがありませんが、
自分的にはかなりがっかり。
朝からケーキと夕食準備に
必死だったので余計。

でもあきらめず、
クラスが終わってから
チーズたっぷりの手作りキッシュを食べてもらい、
2階に住んでいる教室の家主さんを呼んで、
皆でケーキとビールで乾杯。

やれやれ・・・・。

家主さんありがとう。

2016年5月4日水曜日

今年のゴールデンウィーク

久しぶりのブログ。

亡き母の部屋から見つかった
大量の大学ノートに書かれた日記を発見して以来、
自分でも大学ノートに日々起こったことを書き留める
ようになった。忘れっぽいわたしには非常にありがたい
習慣である。

このゴールデンウィーク、とくに何もプランは立てなかった。
どこに行っても混雑しているので、家でのんびりすることに
している。とはいっても、パーティーに行く機会もあり、
ただのんびりという日は殆んどない。

29日には社会人1年生の息子が帰郷し
初任給でわたしたちを夕食に招待してくれた。
わたしたちにビールをおごり、自分は運転するからと
飲まずに勧めてくれた。(これは普段わたしの仕事なのに)
何だか嬉しいような悲しいような。・・・・

中学までは子育てに必死で
中学では高校受験に追われ、
高校では大学受験追われ、
大学に入ったら就活、
就職してからは離れて行くのみ。

同じ状況にいる友人と話すのは
「さびしいね」とか、
「大人になっちゃったね」
みたいなことばかり。

もっともっと子供時代をエンジョイすればよかったとか
もっとゆったり子供を長い目でみつめればよかったなど
後悔することは多々ある。

しかし本人が仕事を楽しみ
充実した毎日を送っていればそれでよしとしよう。

子育てをする期間は本当に短い。

子育て中の人たちには「今子供と一緒にいられる時間」
を楽しんで欲しいと思う。

2016年4月4日月曜日

卒業

久しぶりの更新。

3月24日から久しぶりに東京で過ごした。
目的は息子の卒業式と引越し。
母の葬儀があったため、親戚周りも含め。

10年前に中2でこちらに引っ越してきて
日本語でのコミュニケーションの壁にぶつかり
様々なハードルを乗り越えてきた彼も
やっと卒業だ。5年かかってしまったが
デンマークでの留学1年で、世界に友達が
できた。1年以上の価値があった。

親としては感無量である。













授与式は全て英語。
卒業生も同じ学科はmulti racialだ。

一週間後には社会人。
社員寮に移るため、彼のアパートに
ステイしながら荷物の整理。

その間娘を連れて国会議事堂や都庁、
スカイツリーを観光。
夫に頼んで娘をTDSにも連れて行った。

わたしは丸善や紀伊国屋を回って
面白そうな洋書絵本を探し回り、
amazonで中古を安くで購入した。
これが一番の方法だ。

息子のいる幡ヶ谷には色んなレストランがあり
タイ、アルゼンチン、フレンチ、ウルグアイ料理
を体験し、息子のバイト先のカフェでもごちそうに
なった。

今回は鎌倉にいる父方の親戚を尋ねた。
小さい頃から全く会っていなかったいとこも
集まってくれて、全く知らなかった自分の
ルーツを知るよい機会になった。

東京の町は1km歩くだけで色んな店や
建物があってめまぐるしいが、この一週間も
同じくらいめまぐるしかった。

やっぱり徳島に帰って綺麗な空気と水を飲んだら
ほっとした。

卒業は色んな人に別れを告げ、
4月は新しい出会いと始まりが待っている。

2016年2月22日月曜日

アジア旅行

息子は4月から新社会人となる。
卒業旅行と称して、先週デンマークに
留学していた時に知り合った大阪の友人と
アジア旅行に旅立った。

まずはタイのバンコク。














そしてカンボジア。
アンコールワットなど、世界遺産の
壮大さに感動した後、
友人と別れ、
昔我が家にホームステイしたソピア君
を尋ねて向かった。














写真を見る限り、ぜんぜん変わっていないソピア君。

この後再び友人と合流し、マレーシアとシンガポールに
留学中に知り合った友人を訪ねるそうだ。

留学することで視野は広がり世界に友達ができた。
もちろん親としては1ヶ月も旅行するなんて心配だ。
しかし恐れていては何も始まらない。
息子もこのために、必死でバイトして資金を貯めた。

会社に入っても大学時代の貴重な経験を生かして欲しい。
日本の未来のために。




2016年2月14日日曜日

感謝の辞

先日母の葬儀が行われた。
わたしたちの教会では
この世で亡くなって3日目に
あの世で目覚めると信じているので
復活式と呼んでいる。
その復活式に、総勢60名もの人が集まり
母との別れを惜しんでくれた。
わたしたちの教会はまだまだ新しく
日本に3年前やっと牧師が誕生し
教会の建物はまだない。
現在2人しかいない牧師の一人が
わざわざ北海道札幌から来てくれた。
前日に徳島に到着のはずであったが、
吹雪で飛行機が飛ばない千歳空港から
前日やっと羽田まで飛び、
当日の朝8:30に空港到着と言う
ぎりぎりスケジュールだった。
それでも、式を時間通りに始めることができ
全ての予定をこなした。
母の病気が診断されてから、本当に色々な
人の優しさと温かさに触れた。

ここに感謝の気持ちを記しておこうと思う。


お見舞いに来て下さった全ての方、
病を気にかけてくださった全ての方に感謝。

牧師のメールによる励ましやサポート、
祈りの言葉、復活式の執り行いに感謝。

母の生徒さんと保護者による日々交替の付き添い、
復活祭でのお手伝い、その他あらゆるお手伝いに感謝。

生徒さん達が母のためにベット際で
音楽演奏をして下さったことに感謝。

毎週のように夕食を作って持ってきて下さった
友人に感謝。

気功、ツボ療法などによる治療に携わって
下さったいとこ、友人、生徒さんに感謝。

闘病中に様々な方からお見舞いに
いただいた美しいお花そして果物、食物に感謝。

膵臓がんを患った家族をもつ人たちの
様々なアドバイスに感謝。

母に特に気を使って下さり、夜中に音楽をかけ続けて
下さった看護士さんに感謝。

新教会メンバーの影ながらの祈りや
励ましの言葉に感謝。

夫が一度も文句を言わず、母の介護と付き添いに
多大な時間と労力を費やしてくれたことに感謝。

最後に、母の闘病と他界という経験を通し、
自分の罪深さ、人々の優しさ、家族の絆、
自分と人の人生、神のみ摂理、神への信頼を
教え導いて下さった神様に心より感謝。  

2016年2月7日日曜日

Hug

日本語でも定着してきた言葉に「ハグ」(抱擁)がある。
人に触れる習慣の無い日本に、
言葉だけでなく、ハグが広まりつつある。
わたしはアメリカにいるときに、このハグの
よさを体験し、できれば日本にもっと
定着して欲しいと思った。

前回ブログを書いた日の午後、母が亡くなった。

多くの人がお悔やみを言って、深々と
頭を下げるが、申し訳ない気分になってしまう。

そんな中、「ハグ」と一言言って、手を差し伸べて
くれた中年の女性友達がいた。

人の温かさに直に触れられた気がして、
涙があふれた。

2016年1月31日日曜日

甘える

甘えるという言葉は日本語特有であることを
ご存知だろうか?

甘えるを英語に直すと

Depend on 頼る

とか

spoil 子供を甘やかす


とか

whiny 泣き言を言う


くらいで、

子供が親に「甘える」
彼女が彼に「甘える」
みたいなしっくりした訳がない。

cuddle 抱きしめる

が、一番近いかもしれないが、
これは実際体の寄り添いを
指す。


甘えるとは、人が人に「愛情」や「寄り添い」をもとめることで、
肉体的なものより、精神的なものを指すことが多い。

人の好意を受け入れるのも「甘える」と言う。

さて、わたしが「甘え」について書いたのは
病院の先生も言っていたし、
昨日もある看護師が使ったことばだから。


がんの末期であるわたしの母は
日々ベットの上で痛みと戦っている。
今は腕からモルヒネを点滴され、
昨日はわたしが付き添っている間中
うなっていた。

体は動かすことも難しく
目も殆んど開かず
血中酸素が低下したため
酸素マスクをし、
オムツをし、
心電図をチェックするパッチを貼られ、
熱も高く、
床ずれも痛そうで、
息の仕方も苦しそうだ。

わたしの仕事の時間になってもうなっていて
ベットを離れるのがむずかしかった。

看護師に痛みが取れていない事を伝えて
後ろ髪が引かれる思いでその場を去った。

仕事が終わってまた母の様子を見に行った。
面会時間が終わる直前だったので
間に合うか心配だったが・・・・

母は寝ていた。

そこにやって来た夜勤の看護師。
「いつもは静かに寝てるんですよ。
人が来ると甘えるんですよね。
座薬もしてますから大丈夫です。」と言った。

その話し方、表情には
患者の気持ちを理解しようとしている
雰囲気が見られなかった。
この方、月2回しか来ない看護師。
「いつも」が分かってるのかしら?

「甘える?」
じゃ、そばにいないほうがいいって
ことですか?
わたしは反射的にそう思った。

母は24時間痛みと戦っている。
いつも一人で戦っている。

そこに人が来たら、泣き声であろうと
うめき声であろうと、どうにかして
痛みを訴えるのは当然だ。
「甘え」で片付けられるものでは
ないはずだ。

看護師という職業柄
いちいち一人ひとりの訴えに
対応していてはやっていられないのも
分かる。
しかし、「緩和ケア」をしている病院である
限りは、患者の気持ちや家族の気持ちに
鈍感になってはいけないと思う。

少なくとも、発する言葉だけには
細心の注意を払ってほしいと思った。

English Fun Party

 3月31日、4年ぶりにパーティを開きました!! 英語を使ったチャンツ、詩の朗読、劇、歌、手遊びなど、みんなで楽しむことができたと思います。 来年に向けて反省点はたくさんありますが、演じる人も見る人も楽しいパーティにできたらと思います。