2015年9月26日土曜日

町議員選挙

数週間前に現在在住している町議員選挙があった。

もう誰に投票するかは頭にあったのだが、

家にあいさつに来た、ある候補者について書いておこうと思う。

その人はもう既に議員をしている人なのだが、

玄関に入り、夫を見るなり、にこにこしながら

「ノーイングリッシュ」と言ってのけた。

わたしは耳を疑ってしまった。

夫は日本語を話すのは下手でも
ほとんど理解はできるのだ。しかし、多くの人は夫の姿を見ただけで

外国人(特に白人)=日本語は話せない=自分は英語が話せない=
コミュニケーションは不可能 

となってしまうのだ。

なんという人種差別だろうと思った。

人権問題を声高にしている町で、こんなことが普通に
考えられているのだから、困ったものだ。
人権問題って何を指して言っているのかと思う。

夫は町の教育委員会に属し、中学校で教え始めて8年になる。

日本には合計15年近く住んでいるのに、日本語が分からないと
思う人が、どれだけ多いことか。人の反応は初めの
ころと全く変わらない。

外国人でも、まずは日本語で話しかけ、

「こんにちは。○○と申します。よろしくお願いします。」くらい
言って相手が日本語を理解できるか確かめてもいいはずだ。

日本に一週間いなくても、このくらいの日本語は分かると
思わないものだろうか?

この候補者は「ノーイングリッシュ」と言う事で、

「おまえとは話さないぞ」というメッセージを伝えただけだった。

そして、この人は結構な投票率で当選したのだが、

この町はまだまだ人権問題の解決には遠いし、ましては

国際化は不可能に近いと思わずにはいられなかった。


2015年8月29日土曜日

中国人留学生

この夏、息子が学生寮で知り合った中国人の留学生を連れてきた。
びんさんと言う人。

中国では大学に入るのに、日本のセンター試験と似たようなガオカオという
大きな試験がある。

それで将来が左右されるから、皆必死で勉強するらしい。その試験の結果で
入れる大学が決まるのだ。

びんさんはその試験の結果に満足できず、日本語を勉強して日本の大学に
入ることにした。

日本語検定を受け、東京工科大学に入り、4年で就職は決まったが、大学院の
方がいい就職先がみつかるとのことで、大学院まで行った。

で、今年になり、ソフトバンクとドコモに就職が決まったらしいが、本人は
ドコモを選んだようだ。

彼の日本語は日本人の雰囲気まで漂うほど完璧であるが、英語も堪能だ。

本人の希望でわたしたちとは英語で会話をした。

彼は日本人と一緒の寮で、大変なことやつらいことがあったろうなと思い、
色々話を聞いてみた。

父親は漢方薬の薬局を経営しており、母親は中国共産党員だそうだ。
しかし、母親の考えに同意できないと言っている。


日本人は大好きだが、日本人に必要なのはハングリー精神だと。

現状に満足していて、冒険をしないということだ。

日本人は、特に大学生は、そういった精神に欠けるかもしれない。

海外に出て勉強しようとしないのも、そういう理由からだろう。

日本に来ている留学生は皆必死だ。

2015年8月28日金曜日

米国旅行 最終回

ガレージを整理している時に
昔の手紙や日記、写真がたくさん
出てきた。

息子が小学校の頃の教科書やノート、
作品なども。どれを取っておくか
迷ったが、とりあえず、作品は極力
残しておいた。写真も。

捨てたのは昔の日記と手紙類。

日記は気持ちが率直に暴露されており
読んでいてつらい気持ちになったからだ。

振り返ってみると、人生はだんだん
よくなっているように思える。
昔は経験不足で迷いが多く、悩みも多かった。

人間、年取ると大胆になるというが、精神的に
強くなった証拠だ。

それに、自分たちがあの世に行った後、こんな文章を
子供たちに見られるのは恥ずかしい。

結局箱に残したのは、将来息子が自分で開けて
捨てるかどうか決めるようなものが殆んどになった。
まだガレージには色々たくさん残っているようだが
次回にまわすことにした。

中くらいの箱に、たくさん写真をつめたものは、
郵送することにした。

さて、娘たちは3軒の家を回って、ホームステイ
体験をし、どの家でも結構楽しく過ごせたようだ。
どの家にも中2、中3くらいの女の子が
いるので、ちょうどよかった。

最後の日は最後のショッピングをして終えた。

11日間、長いようで短かった。

2015年8月13日木曜日

米国旅行 続き

8月3日はHarshy Parkへ。
Harshy Chocolateをご存知だろうか?
キスチョコ等、昔ながらのチョコレートの発祥地。
それがユニバーサル以上の大きさの遊園地を
作ったのだから驚きだ。

遊園地にあるジェットコースターのような
乗り物がいくつもあり、5段階に分かれている。
わたしはレベル4までは何とかがんばったが
めまいと吐き気がするので、レベル5は遠慮した。

娘絶叫しながら父親とレベル5を乗りまくっていた。

わたしは今回同行した娘の友達と、刺激の少ない
乗り物に乗った。

このパークには面白楽しいプールがたくさんあるのだが
プールに入ろうとかばんを開けると、夫と娘の水着がない!!!
駐車場までは遠すぎるし、結局わたしと妹の友達のみが
プールに入ることになった。娘と夫はジェットコースターへ。

プールも、流れるプール、波のプール、巨大滑り台がたくさん
あって、全部回ることが出来なかったほどだ。

一日では到底回りきれないハーシーパークを後にし、
わたしたちは次の場所へ移動した。

そこはブリンアシン。

私たちが長年住んでいた場所で、
9年前に引っ越してきたときの荷物の整理をするのが
今回の一番の課題だった。

9年分たまった荷物を処分するのは非常にむずかしいが
しなければならない。

ガレージ一杯の荷物が、5つの箱だけ残り、
ゴミ袋20枚が一杯になってしまった。

つづく



2015年8月4日火曜日

米国旅行 その1

今年は1月29日から8月11日まで
米国旅行を計画した。

7月29日は 夜遅く ニューヨークについたのでそのまま近くの ホテルで一泊。

30日は 天気が悪く ひどい雨の中 マンハッタンの街中を 歩きまわった。 びしょびしょになった。


日本人の 家族による夕食の招待があったので
3時半頃に切り上げて コネチカット州にある 友人の家に向かいましたが すごい雨と交通渋滞で ついたのが 6時過ぎ。

夕食後 夫の 兄の家にステーするために 更に北へ と向かいました。

31日は1日  大人にの家族と 公園に行ったり 買い物に行ったりして過ごしました。 ちょうど娘と同じ歳ぐらいの子供達がいて 子供たちは 結構楽しそうに さわいでいました。

8月1日 コネチカット州から ワシントン州にむかって 6時間ほど車を走らせました ついたら  かなり時間が遅かったので  特に何もすることができませんでした 。

2日は  ホワイトハウスは  スミソニアン 美術館  space museum へ行きました 。お昼は 知り合いを呼んで一緒にしたのですが  彼らの話によると ワシントン州は若者が非常に多いようです。 なぜなら 仕事がたくさんあるからだそうです。

これを聞いて 確信しました。  徳島に 若者がいないのは仕事がないからだと。

 午後3時ぐらいに ワシントンを出 ペンシルバニア州にある ランキャスターに向かいました。

ここは 馬車 を交通手段にしていて電気を一切使わない人たちが住んでいます。

 今日 小さなヴィレッジに行き 幌馬車にのる体験をしたり 比較的 ラクな1日でした。

続きはまた後日。
















2015年7月24日金曜日

帰国出国ラッシュ

息子が幼い頃は、海外在住の日本人が、子供を日本の小学校に入れるために夏休みに帰って来ている話はほとんど聞かなかった。それが、今はラッシュである。

どこの小学校にも、夏休みに日本語に磨きをかけるために帰って来る子供がいる程である。
この近辺だけでも7家族いる。それだけ、国際結婚も増えているし、海外勤務していていずれ日本に帰って来る日本人も増えてきているということだ。

彼らは日本の子供たちによい影響を与えてくれると思う。子供たちは彼らを見て、少なくとも自分たちも英語が話せることへのモチベーションが上がるからだ。

しかし、彼ら側からすれば、日本語を忘れないようにがんばらなくてはならないのだ。そのために親も必死である。

この6,7月に、アメリカ、タンザニア、オーストラリア、タスマニアから、計5家族が遊びに来た。殆んどが国際結婚であるが、親の英語があまり上手でない家族の子供たちや、日本語が上手な両親の子供たちは、やはり日本語が得意だし、すぐ出てくる。しかし、殆んどは英語オンリーで、それは男の子に多い気がした。

環境の影響は大きい。日本でも、どんなに家で英語を話していても、周りが日本語だと、日本語が強くなる。

バランスよくバイリンガルに育てるためには、環境とは違う言語を、家の中では徹底することだ。つまり、日本に住んでいる人は、外では日本語、家では英語のみにする、海外では外ではその国の言葉、家では日本語だけにすること。

さて、来週から米国に2週間の旅行をする。教室はお休みになるが、子供たちが少しでも英語に触れることを願う。

2015年6月28日日曜日

Good things that happened

ステキなことが二つありました。

先日実家で教えている生徒さんの祖父母にあたる方たちが
実家の草刈をしてくれました。
実家には広い庭があるのですが
母が1人住まいのため、なかなか庭の手入れまで手が届かず
結構草ぼうぼうになっていることが多く、
生徒さんにも迷惑を掛けています。

そんな中、「あした草刈に来るからね」と、
言われ、次の日に夫婦で朝から来てくれました。

本当は自分たちで何とかしていかなくてはならないのに
申し訳ないけれどもとても嬉しかったです。この場を借りて
感謝。

二つ目。

生徒からの手紙。
たま~に生徒から手紙や絵をもらうのですが、
今回貰った絵と手紙も感動的でした。

たどたどしい英語が書いてある絵入りの手紙でした。
感動で涙が出そうでした。

それにしても、子供の書く絵や手紙って、何でこんなに
感動的なんだろう!

見たとおり、思ったとおりの表現
まだ、完成していない個性あふれる文字。

こういうことがあると、子供を教える仕事って
本当にやりがいがあるなあと思わざるをえなくなります。

English Fun Party

 3月31日、4年ぶりにパーティを開きました!! 英語を使ったチャンツ、詩の朗読、劇、歌、手遊びなど、みんなで楽しむことができたと思います。 来年に向けて反省点はたくさんありますが、演じる人も見る人も楽しいパーティにできたらと思います。